Adaptive flexibility of cells through nonequilibrium entropy production
細胞骨格高次構造のランダムさが支える柔軟な適応機能
研究成果のポイント
・細胞骨格構造の周期パターンがもつランダム性に潜む生物学的意義の解明
・非平衡物理学のエントロピーを用いた新たな解析法の提案
概要
形が適当でばらばらな部品から作られた機械や建築物はすぐに壊れてしまう貧弱な構造になってしまいます.だからこそ人工物の世界では,ひとつひとつ非常に正確な部品を準備して,強くて壊れない設計を行います.一方で我々生物の細胞は,必ずしも頑丈な構造だけが求められるわけではなく,むしろ予期できない状態も含め時々刻々と変化する環境を感知し,その時々に応じたベストな状態に適応しながら変化してくことが必要となります.このように人工物とは異なる特徴をもつ細胞は,あえて構造の不正確な「適当さ」をうまく使いながら,環境に応じて壊れやすくも再構築しやすい適応的な構造を維持しているのではないかと考えたのが本研究の背景です.
本研究では,細胞の構造や力を支える細胞骨格がもつactomyosinの周期構造に注目し,そのランダムさが細胞タイプごとに異なることを観測しました(図1).例えば,大きな力を支持する筋細胞タイプでは,サルコメアと呼ばれる非常に周期的な構造を有するのに対し,移動や構造変化が活発な非筋細胞タイプではより周期性の弱い構造を示します.この構造的なランダムさがもつ生物的な意義を見出すために,非平衡物理学のフレームワークを使いエントロピーという物理量から解析を行いました.これにより,構造のランダムさという概念が物理的な指標として定量的に評価することが可能となり,さらに構造物内の結合強さを示すエネルギーの最大値を予測することを可能としました.
図1
我々の結果は,ランダム性の強い構造では,エントロピーに由来する物理的な効果によって,弱い結合力でも骨格構造を保てること,すなわち崩壊や再構築がしやすい柔軟で適応的な構造を形成できることを示しました.一方,秩序的な構造では,強い結合力に支えられて頑丈で安定した構造をもつことを示しました.
一見すると当たり前の結論のようですが,ここで示しているのは,多くの人がイメージするような「部品のピースのはめ方」と安定性・不安定性の関係ではありません.むしろ,部品全体の多様性(ランダムさ)そのものが,構造の自発的な変化と直結し,その特性を決めるというユニークな点です.本研究は今後,多様なパターンをもつ生体要素と,それに基づく機能との関係を説明するための基盤となることが期待されます.