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主な研究課題

1) 生命・こころの恒常性・適応・老化のメカニズム

アカデミアとして面白い研究、わくわくするサイエンス、を創り上げ、世界に向けて発表し社会に貢献したいと思っています。また、そのような課題に挑戦することは学生の教育効果も高いと思っています。なぜなら、1) 私の研究室ではコンスタントに特にバイオメカニクス・生命科学系の代表的な学術雑誌に数多くの論文を発表してきた実行力をもち、2) 後述の通り本研究では手段を選ばずにその都度適したアプローチを柔軟に模索しながら研究を行うために柔軟な課題達成力が培われうること、3) また、何より指導教員である私自身も学生と併走してこれまで見たことのない知識の景色へと辿り着けるように努力して互いに喜びを共感することができるため、それは貴重な経験となると思うためです。具体的なキーワードは、生命・細胞・こころ(適応・恒常性・老化) + 物理(熱力学・統計力学・機械力学・非平衡物理学・固体力学・流体力学etc) です。

生命・こころ、と言えば「恒常性」「適応」にとても興味が惹かれます。恒常性と適応は、原理的に人工物では真似することができません。私は学部の講義では数式の説明を中心とした内容を扱っていますが、大学院の講義ではうってかわって「お話し」「概念」だけで生命とは何かを説明しています。そこでのキーワードが恒常性と適応です。進化の適応(度)と、(進化はできないが)我々自身ができる「適応」との違いは何か、を徹底して説明し、なぜロボットがそれを実現できないか、生きるとは何か、死ぬとは何か、人間とは何か、などについて物理化学の学理をもとに論理的に説明しています。また、こころは生命の現象の一部であり、細胞・生命の研究を通して理解した内容について少し紹介しています。その中で、様々な心の状態について特に物理的観点に基づいた研究について紹介しています。シラバスには「この講義を聴けば人生観が変わる」と書きました。

恒常性とは、システムを一定に保つ性質です。よく知られる例は体温や血糖値が一定に保たれること。体温など、人を使った研究は実験条件の設定等で難しいことがあるために、コントロールしやすい細胞を使った精緻な研究を行います。研究室の学部母体が機械科学コース(Mechanical Science Course)ということもあり、多くの学生にとって細胞の性質は馴染みがないかもしれませんが、適応や恒常性を理解するための研究対象として細胞に関する研究を行っています。また、細胞の研究を通して、我々自身の人生さらには真に興味深い対象「こころ」や「老化」のメカニズムに関する新しい知見を得ています。研究手段は上記の通り熱力学・統計力学などを駆使して、必ずしも手段に固執せず試行錯誤しながらこれまでにないありとあらゆる方向へ柔軟に楽しんで研究課題に挑戦しています。挑戦と言うのは、我々の観点ではほとんど似たような研究が行われていないためです。柔軟に面白いことに挑戦したい学生はぜひお問い合わせください。

関連論文

Ueda, Y., Deguchi, S., Emergence of multiple set-points of cellular homeostatic tension. Journal of Biomechanics, 151, 111543, 2023.

Ueda, Y., Matsunaga, D., Deguchi, S., A statistical mechanics model for determining the length distribution of actin filaments under cellular tensional homeostasis. Scientific Reports 12, 14466, 2022.

Huang, W., Matsui, T.S., Saito, T., Kuragano, M., Takahashi, M., Kawahara, T., Sato, M., Deguchi, S., Mechanosensitive myosin II but not cofilin primarily contributes to cyclic cell stretch-induced selective disassembly of actin stress fibers, American Journal of Physiology Cell Physiology 320, C1153–C1163, 2021.

Saito, T., Huang, W., Matsui, T.S., Kuragano, M., Takahashi, M., Deguchi, S., What factors determine the number of nonmuscle myosin II in the sarcomeric unit of stress fibers? Biomechanics and Modeling in Mechanobiology 20, 155-166, 2021.

2) 細胞内のメカニクスとシグナル

上の1)の恒常性・適応の研究を進めるために、細胞内のメカニクス(力学)やシグナル分子の解明を目指した研究に取り組んでいます。力学現象と言っても、細胞内の複雑な現象であり他の物理化学現象とも密接に関係します。たとえば(人間の骨や筋肉が付いている位置は変わりませんが)細胞内の構造物は時々刻々変わっていきます。常にゆらぎつつ、周囲の変わりゆく環境に「適応的」に振る舞い、構造的に変化していきます。上記1) でロボットなど人工物が適応できないと書いたのは、この「(構造的に)変化することができる」が実現できないためです。構造物の変化、と言えば機械科学コースの学生は材料力学や固体力学を思い浮かべるかもしれません。また、物質が細胞内で輸送されるために、拡散・流れを扱う流体力学の観点から解析を行うこともあります。さらには、細胞内の物質は化学変化を起こすために、反応・拡散・移流・変形という数多くの要素(マルチフィジックス)が関わってきます。

関連論文

Saito, T., Matsunaga, D., Deguchi, S., Analysis of chemomechanical behavior of stress fibers by continuum mechanics-based FRAP. Biophysical Journal 121, 2921-2930, 2022.

Liu, S., Matsui, T.S., Kang, N., Deguchi, S., Analysis of senescence-responsive stress fiber proteome reveals reorganization of stress fibers mediated by elongation factor eEF2 in HFF-1 cells. Molecular Biology of the Cell 33, ar10, 1-11, 2022.

Kang, N., Matsui, T.S., Liu, S., Deguchi, S., ARHGAP4-SEPT2-SEPT9 complex enables both up- and down-modulation of integrin-mediated focal adhesions, cell migration, and invasion. Molecular Biology of the Cell 32, ar28, 1-12, 2021.

Kang, N., Matsui, T.S., Liu, S., Fujiwara, S., Deguchi, S., Comprehensive analysis on the whole Rho-GAP family reveals that ARHGAP4 suppresses EMT in epithelial cells under negative regulation by Septin9, FASEB Journal, 34, 8326-8340, 2020.

Okamoto, T., Matsui, T.S., Ohishi, T., Deguchi, S., Helical structure of actin stress fibers and its possible contribution to inducing their direction-selective disassembly upon cell shortening, Biomechanics and Modeling in Mechanobiology, 19, 543-555, 2020.

3) 細胞機能計測技術の開発

役に立つ応用志向の研究にも取り組んでいます。例えば個々の細胞が発生する力の計測手法の開発を行っています。Traction Force Microscopy (TFM)という細胞の発生力計測実験を、機械学習を用いて画像を見るだけでTFMと同じことができないか、というコンセプトで研究を行ってきました。

関連論文

Li, H., Matsunaga, D., Matsui, T.S., Aosaki, H., Kinoshita, Inoue, K., Doostmohammadi, A., Deguchi, S., Wrinkle force microscopy: a machine learning based approach to predict cell mechanics from images. Communications Biology 5, 361, 2022.

Saito, T., Matsunaga, D., Matsui, T.S., Noi, K., Deguchi, S., Determining the domain-level reaction-diffusion properties of an actin-binding protein transgelin-2 within cells, Experimental Cell Research 404, 112619, 2021.

4) 細胞遊走・生物遊泳・集団運動のソフトマター物理

生物は多数の個体が協調して動作することで集団として特徴的な振る舞いを見せます。例えば魚・鳥・羊の群れは一体一体それぞれが個別の意思を持っているにも関わらず、集団としてもまるで一体の生物かのように表情豊かな動きを見せます。これらは生物の集団運動と呼ばれ、古くよりこれらの集団運動を簡素な数学・物理モデルで再現しようと盛んに研究(例えば Vicsekモデル (1995) etc)が行われてきました。顕微鏡を覗いた小さいスケールにおいても、細胞や微生物などが集団運動を有効活用し大きなスケールの現象を生み出しており、これら現象を解明するためソフトマター物理・アクティブマター物理の研究が近年盛んになってきました。
私たちは流体力学・材料力学をはじめとする機械科学の知見から、細胞や微生物の個別の動き・集団運動の解析を行っています。

また本研究室は生物に由来するものだけでなく、磁性回転子に関する集団運動についても研究を行っています。小さな磁石に外部から磁場を加え全てに同一の動きを指示することは容易ですが、異なる動作を指示するのは困難と考えられてきました。私たちは磁気回転子に振動磁場(Matsunaga et al., 2019)や回転磁場(Kawai, Matsunaga et al., 2020)を負荷し、その集団運動を制御する方法論を提案しました。

関連論文

Matsunaga D., Hamilton, J. K., Meng F., Bukin N., Martin E. L., Ogrin F. Y., Yeomans J. M., Golestanian R., Controlling collective rotational patterns of magnetic rotors, Nature Communications, 10, 4696, 2019

Kawai T., Matsunaga D., Meng F., Yeomans J. M., Golestanian R., Degenerate states, emergent dynamics and fluid mixing by magnetic rotors, Soft Matter, 16 (28), 6484-6492, 2020

5) メカノバイオインフォマティクスと創薬

生命現象における「力」の役割を調べる以上、現象に対する物理的な考察が必須となります。物理学は物事を一般化して普遍性を追求します。一方、分子細胞生物学では登場する分子の相互作用を具体的に特定することにより、個々の出来事がどこまで普遍的であるかを言おうとします。私たちの研究室では、物理的な普遍性(分子を超えた一般化)の追究に加えて、分子細胞生物学的な普遍性(分子の特定)を重視します。なぜなら生物の問題に対して仮に物理的説明を与えても、分子が具体的に述べられていなければ、仮説の域に留まってしまうためです。また対象とする現象に関連した疾患の原因や治療の方法を考えるうえで、個々の分子相互作用を特定する分子細胞生物学的理解は欠くことのできない基礎的な事柄であるからです。

ただし従来のメカノバイオロジー分野の実験技術の多くは少数の分子しか対象にできず、また必ずしも定量的な解析ができないために、現象の統一的説明や他ケースの予測につなげる ことができません。そこで私たちは、関与する分子を特定しつつ、その背後にある物理的現象を説明することにより、どの分野の専門家にも通じる本質的な問題解明を導くことを目指します。これを実現するために、メカノバイオロジー研究の発展を加速するオミックス(Omics)アプローチの開発に取り組んでいます。その中で、上記「細胞生物学研究で”使える”工学技術の開発」欄で述べた技術をハード・ソフトウェア両面でハイスループット化したシステムを構築しています。これにより、力が関わる分子経路や化合物(薬剤)の総体(メカノーム・Mechanome)を調べ、メカノミクス(Mechanomics)/メカノ・バイオインフォマティクス(Mechano-bioinformatics)というCellomicsに関する新たな領域を開拓し、精密医療 (Precision Medicine) と結びつけて医・生物学の分野で標準化させることが目標です。

関連論文

Nehwa, F.J., Matsui, T.S., Li, H., Matsunaga, D., Deguchi, S., Multi-well plate cell contraction assay detects negatively correlated cellular responses to pharmacological inhibitors in contractility and migration, Biochemical and Biophysical Research Communications, 521(2), 527-532, 2020.

Matsui, T.S., Wu, H.J., Degcuchi, S., Deformable 96-well cell culture plate compatible with high-throughput screening platforms, PLOS ONE, 13(9), e0203448, 2018.

6) 裏声・動物発声の力学メカニズム

これまで私たちはヒトの発声過程を模擬した数値シミュレーションを行ってきました(Deguchi et al., 2007, 2011a)。この数値モデルでは、声帯の解剖学的知見に基づいた3次元声帯組織の各層構造(輪状甲状筋や声帯靱帯など)の力学特性(筋肉の収縮特性を含む)、肺からの呼気流と声帯構造との流体・構造連成振動、また気道(気管・声道)での音の共鳴など、発声に関わる様々な要素を取り込んでいます。このシミュレーションを利用して、声帯結節などの疾患が発声に及ぼす影響を調べてきました。

これらの数値解析に加えて、我々は特に裏声の発生メカニズムに関心をもって解析的(理論的)研究を進めてきました。ここで裏声とは、左右一対の声帯が互いに衝突することなく、かつ顕著な粘膜波動状の声帯組織運動が生じることなく声帯振動が持続する発声様式として定義しています。裏声に関心をもつ理由は、その発生メカニズムについてこれまで成されてきた説明が不適切であると考えているためです(Deguchi, 2011)。たとえ上記の様々な要素を網羅した裏声シミュレーションを行ったとしても、そもそもなぜ声の音源である声帯が自励振動を起こすのかは、裏声に限り説明が難しいのです(一方、左右の声帯が衝突を伴って振動を持続する地声の力学メカニズムは容易に説明できる)。私たちは流体の基本方程式から出発して、(裏声のように高い振動数、すなわち)高速で振動する喉頭内の流れを解析的に記述できる流体モデルを導出し(Deguchi and Hyakutake, 2009)、それに基づいて裏声発生が起こる新しいメカニズムを提示しました(Deguchi, 2011)。

現在は同メカニズムが、ヒトの裏声発生に限らず広く他の動物の発声(vocalization)にも当てはまるのではないかと考えて、その普遍性を調べるための理論的研究を続けています。

関連論文

Deguchi, S., A possible common physical principle that underlies animal vocalization: theoretical considerations with an unsteady airflow-structure interaction model, Journal of Biomechanical Science and Engineering, 11(4), 16-00414, 2016.

Deguchi, S., Y Kawahara, S Takahashi, Cooperative regulation of vocal fold morphology and stress by the cricothyroid and thyroarytenoid muscles, Journal of Voice, 25, e255-e263, 2011.

Deguchi, S., Mechanism of and threshold biomechanical conditions for falsetto voice onset, PLoS ONE 6, e17503, 2011.

Deguchi, S., Hyakutake, T., Theoretical consideration of the flow behavior in oscillating vocal fold, Journal of Biomechanics, 42, 824-829, 2009.

Deguchi, S., Kawashima, K., Computer-aided technique for automatic determination of the relationship between transglotatl pressure change and voice fundamental frequency, Annals of Otology, Rhinology & Laryngology, 117, 876-880, 2008.