主な研究課題

1) 生命の力学的恒常性と適応のメカニズム

大阪だけに、とにかくオモロイ研究をしたいと思っています。オモロイは主観的ですが、とにかく面白い、です(標準語にしただけ)。私(出口)も研究者・教育者として、学生側から見ても、オモロイ人間でありたいと思っています。それはさておき、大学・アカデミアだけに、面白いのは個人的には、応用的なことよりも、深くて難しい単純にわくわくするサイエンスです。具体的には、生命・細胞 + 物理(熱力・統計力学・非平衡物理・固体力学・流体力学etc) がキーワードです。

生命と言えば「恒常性」と「適応」にとても興味が惹かれます。これらは人工物(ロボット研究が人気だけど、、)ではほぼ真似できない(!)ためです。私は学部の講義ではひたすら数式ばかり追った内容を扱っていますが(その中でもできる限り面白い話しを入れるように努めていますが)、大学院の講義ではうってかわって「お話し」だけでひたすら生命とは何かを説明しています。そこでのキーワードが恒常性と適応です。進化の適応(度)と、(進化はできないけど)皆さん自身ができる「適応」との違いは何か、を徹底的に説明し、なぜロボットがそれを実現できない(!)か、生きるとは何か、死ぬとは何か、生命科学に留まらず物理化学を含めて論理的に説明しています。シラバスには「この講義を聴けば人生観が変わる」とまで書いてます。この講義は基本的・一般的な話しが中心になりますが(大勢の留学生を含め、いろいろな専門を学んでいる人が集まっているため)、研究では特に「力学的な」恒常性、「力学的な」適応のメカニズムに関連した深くて複雑な内容に特に興味をもって取り組んでいます。

恒常性とは、システムを一定に保つ性質です。一番有名なのは体温が一定に保たれること。体温など、人を使った研究は実験条件の設定等で難しいことがあるために、細胞を使ってます。学部の母体が機械系ということもあって、たぶん大勢の学生には細胞はとっつきにくいでしょうが、適応の研究・恒常性の研究にはもってこいの対象であるために細胞を使っています。つまり、細胞を使うと数分で周囲環境の変化に適応してくれるので計測が可能だし、実験設定を調節しやすいためです。本当に細胞から人生について考えさせられます。それを物理に基づいて、具体的には上で書いたように、熱力・統計力学・非平衡物理・固体力学・流体力学etcを駆使して、、と言っても本音としてはあまり手段を問わず、試行錯誤しながらこれまでにないありとあらゆる方向へ柔軟に楽しんで挑戦しています。挑戦、と言うのは、あまり誰もやっていないためです。以上、漠然と書きましたが具体的には近々(2022/3/1現在から)論文をアップしたいと考えており、それを参照してもらうか、柔軟に面白いことに挑戦したい学生はお問い合わせください!

2) 細胞内のメカニクス

上の1)の恒常性・適応の研究と大きく関連した内容ですが、細胞内の力学現象を計測したり、理論・数値計算により解析しています。力学現象と言っても、細胞の中のことであるため化学とも密接に関係します。このように複雑な要素が絡むことは、問題を難しくもするし、まだよくわかっていなくて面白いことでもあります。

たとえば(人間の骨や筋肉が付いている位置は、朝起きても昨晩の位置から変わりませんが)細胞内の構造物は時々刻々変わっていきます。常にゆらいで変わりゆく周囲環境に「適応的」に振る舞う、構造的に変化することができるためです。(ちなみに、オモロイは主観的、と上で書きましたが、厳密には「適応的」という言葉も主観的です。Aさんに適した条件と、Bさんに適した条件は全く違う可能性があるのと同様。従って、適応という言葉を、例えば自由エネルギーを下げる、など物理的に客観的に述べて研究を行うのが上の1)です。)上の1) でロボットなど人工物が適応できないと書いたのは、この「(構造的に)変化することができる」が実現できないためです。構造物の変化、と言えば、機械系の学生であれば材料力学、固体力学を思い浮かべるでしょう。また、物質が細胞内で輸送されるために、拡散・流れを扱う流体力学の観点から解析を行うこともあります。さらには、細胞内の物質は化学変化を起こすために、反応・拡散・移流・変形というたくさんの要素(マルチフィジックス)が関わってきます。こんなたくさんの要素をそれぞれどうやって計測するか、について考えてます。それにはレーザーを使った実験、また、(細胞内の物質の性質を少し変える)遺伝子工学を組み合わせることもあります。

これらの研究により、細胞内という(人間から見ると)ミクロな空間のどの場所からどの場所へのモノが運ばれ、くっついたり離れたりという化学変化が起こるのかがわかってきます。それにより、最終的に細胞という建築物(柱、梁がしっかり固定される建物や橋などの従来の建築物とは異なり)が、どうやってダイナミックに形成かつ維持され、その結果、我々の体を支えたり、機能を保つことに貢献しているかが見えてきました。

3) 細胞機能計測技術の開発

上の1)、2)はよくわからないことへの挑戦、サイエンスですが、この3)はうちの研究の中では応用寄りに位置づけられる、「役に立つ」志向の研究です。最近は、個々の細胞が発生する力の計測手法の開発を行っています。Traction Force Microscopy (TFM)という、この業界ではよく使われる細胞発生力計測方法がありますが、これは実際に実験することがそれほど簡単ではないです。でも、細胞の力を計測できるとたくさんよいことがあります(ざっくり書きましたが、メカノバイオロジーという研究分野があって、細胞の力が重要な役割を果たしていることがたくさんわかってきています)。でも実測は大変。そこで機械学習を使って画像を見るだけでTFMと同じことができないか、というコンセプトで研究を行ってきました。基礎的な技術としては、これまでにたくさん論文発表をしています(力の計測に関心のある方との共同研究が多い)。(4)以降は以前に書いたものであるため若干テンションが変わります )

4) 細胞遊走・生物遊泳・集団運動のソフトマター物理

生物は多数の個体が協調して動作することで集団として特徴的な振る舞いを見せます。例えば魚・鳥・羊の群れは一体一体それぞれが個別の意思を持っているにも関わらず、集団としてもまるで一体の生物かのように表情豊かな動きを見せます。これらは生物の集団運動と呼ばれ、古くよりこれらの集団運動を簡素な数学・物理モデルで再現しようと盛んに研究(例えば Vicsekモデル (1995) etc)が行われてきました。顕微鏡を覗いた小さいスケールにおいても、細胞や微生物などが集団運動を有効活用し大きなスケールの現象を生み出しており、これら現象を解明するためソフトマター物理・アクティブマター物理の研究が近年盛んになってきました。
私たちは流体力学・材料力学をはじめとする機械科学の知見から、細胞や微生物の個別の動き・集団運動の解析を行っています。

また本研究室は生物に由来するものだけでなく、磁性回転子に関する集団運動についても研究を行っています。小さな磁石に外部から磁場を加え全てに同一の動きを指示することは容易ですが、異なる動作を指示するのは困難と考えられてきました。私たちは磁気回転子に振動磁場(Matsunaga et al., 2019)や回転磁場(Kawai, Matsunaga et al., 2020)を負荷し、その集団運動を制御する方法論を提案しました。

関連論文

Matsunaga D., Hamilton, J. K., Meng F., Bukin N., Martin E. L., Ogrin F. Y., Yeomans J. M., Golestanian R., Controlling collective rotational patterns of magnetic rotors, Nature Communications, 10, 4696, 2019

Kawai T., Matsunaga D., Meng F., Yeomans J. M., Golestanian R., Degenerate states, emergent dynamics and fluid mixing by magnetic rotors, Soft Matter, 16 (28), 6484-6492, 2020

5) メカノバイオインフォマティクスと創薬

生命現象における「力」の役割を調べる以上、現象に対する物理的な考察が必須となります。物理学は物事を一般化して普遍性を追求します。一方、分子細胞生物学では登場する分子の相互作用を具体的に特定することにより、個々の出来事がどこまで普遍的であるかを言おうとします。私たちの研究室では、物理的な普遍性(分子を超えた一般化)の追究に加えて、分子細胞生物学的な普遍性(分子の特定)を重視します。なぜなら生物の問題に対して仮に物理的説明を与えても、分子が具体的に述べられていなければ、仮説の域に留まってしまうためです。また対象とする現象に関連した疾患の原因や治療の方法を考えるうえで、個々の分子相互作用を特定する分子細胞生物学的理解は欠くことのできない基礎的な事柄であるからです。

ただし従来のメカノバイオロジー分野の実験技術の多くは少数の分子しか対象にできず、また必ずしも定量的な解析ができないために、現象の統一的説明や他ケースの予測につなげる ことができません。そこで私たちは、関与する分子を特定しつつ、その背後にある物理的現象を説明することにより、どの分野の専門家にも通じる本質的な問題解明を導くことを目指します。これを実現するために、メカノバイオロジー研究の発展を加速するオミックス(Omics)アプローチの開発に取り組んでいます。その中で、上記「細胞生物学研究で”使える”工学技術の開発」欄で述べた技術をハード・ソフトウェア両面でハイスループット化したシステムを構築しています。これにより、力が関わる分子経路や化合物(薬剤)の総体(メカノーム・Mechanome)を調べ、メカノミクス(Mechanomics)/メカノ・バイオインフォマティクス(Mechano-bioinformatics)というCellomicsに関する新たな領域を開拓し、精密医療 (Precision Medicine) と結びつけて医・生物学の分野で標準化させることが目標です。

関連論文

Nehwa, F.J., Matsui, T.S., Li, H., Matsunaga, D., Deguchi, S., Multi-well plate cell contraction assay detects negatively correlated cellular responses to pharmacological inhibitors in contractility and migration, Biochemical and Biophysical Research Communications, 521(2), 527-532, 2020.

Matsui, T.S., Wu, H.J., Degcuchi, S., Deformable 96-well cell culture plate compatible with high-throughput screening platforms, PLOS ONE, 13(9), e0203448, 2018.

6) 裏声・動物発声の力学メカニズム

これまで私たちはヒトの発声過程を模擬した数値シミュレーションを行ってきました(Deguchi et al., 2007, 2011a)。この数値モデルでは、声帯の解剖学的知見に基づいた3次元声帯組織の各層構造(輪状甲状筋や声帯靱帯など)の力学特性(筋肉の収縮特性を含む)、肺からの呼気流と声帯構造との流体・構造連成振動、また気道(気管・声道)での音の共鳴など、発声に関わる様々な要素を取り込んでいます。このシミュレーションを利用して、声帯結節などの疾患が発声に及ぼす影響を調べてきました。

これらの数値解析に加えて、我々は特に裏声の発生メカニズムに関心をもって解析的(理論的)研究を進めてきました。ここで裏声とは、左右一対の声帯が互いに衝突することなく、かつ顕著な粘膜波動状の声帯組織運動が生じることなく声帯振動が持続する発声様式として定義しています。裏声に関心をもつ理由は、その発生メカニズムについてこれまで成されてきた説明が不適切であると考えているためです(Deguchi, 2011)。たとえ上記の様々な要素を網羅した裏声シミュレーションを行ったとしても、そもそもなぜ声の音源である声帯が自励振動を起こすのかは、裏声に限り説明が難しいのです(一方、左右の声帯が衝突を伴って振動を持続する地声の力学メカニズムは容易に説明できる)。私たちは流体の基本方程式から出発して、(裏声のように高い振動数、すなわち)高速で振動する喉頭内の流れを解析的に記述できる流体モデルを導出し(Deguchi and Hyakutake, 2009)、それに基づいて裏声発生が起こる新しいメカニズムを提示しました(Deguchi, 2011)。

現在は同メカニズムが、ヒトの裏声発生に限らず広く他の動物の発声(vocalization)にも当てはまるのではないかと考えて、その普遍性を調べるための理論的研究を続けています。

関連論文

Deguchi, S., A possible common physical principle that underlies animal vocalization: theoretical considerations with an unsteady airflow-structure interaction model, Journal of Biomechanical Science and Engineering, 11(4), 16-00414, 2016.

Deguchi, S., Y Kawahara, S Takahashi, Cooperative regulation of vocal fold morphology and stress by the cricothyroid and thyroarytenoid muscles, Journal of Voice, 25, e255-e263, 2011.

Deguchi, S., Mechanism of and threshold biomechanical conditions for falsetto voice onset, PLoS ONE 6, e17503, 2011.

Deguchi, S., Hyakutake, T., Theoretical consideration of the flow behavior in oscillating vocal fold, Journal of Biomechanics, 42, 824-829, 2009.

Deguchi, S., Kawashima, K., Computer-aided technique for automatic determination of the relationship between transglotatl pressure change and voice fundamental frequency, Annals of Otology, Rhinology & Laryngology, 117, 876-880, 2008.