発表論文:Saito, Matsunaga, Deguchi, Biophysical Journal, 2022

細胞内の複雑な物理化学現象を計測する新手法を開発:細胞適応メカニズムの解明に新たな道を開く

研究成果のポイント

  • 新しいFRAP自動解析法(CM-FRAP法)の開発:光褪色後蛍光回復法(Fluorescence Recovery After Photobleaching:FRAPと略して呼ばれている)を対象とした解析ツールを開発.細胞内の分子の動きや力学的性質を同時に自動的に定量化可能に.
  • 細胞内のマルチフィジックス現象を個別に計測:細胞内で同時に生じている「化学変化」「拡散」「力学的変形」「移流」をそれぞれ定量化可能に.
  • 細胞の適応メカニズムの詳細解明:当技術を用いて細胞が環境変化に適応するために内部構造をどのように再構築するか長時間に渡り詳細な解析を可能に.

研究の背景

細胞は外部環境の変化に対応して内部構造を動的に再構築する能力をもっています.このプロセスは,細胞が慢性的なストレス状態を避け,生体機能を維持するために重要です.しかし,この細胞内プロセスは極めて複雑であり,物理もしくは化学に分類される複数の現象が同時に複合的に関与するために,それぞれの影響を抽出して詳細に解析することはこれまでの技術だけでは困難でした.このことは,細胞内適応現象の解明を難しくしていました.

研究の内容

私たちは,従来のFRAP解析法の限界を克服して上記問題を解決するために,連続体力学に基づく新しい解析手法CM-FRAP(Continuum mechanics-based FRAP)を開発しました.この手法は,細胞内の巨大タンパク質複合体(ストレスファイバーなど)が固体と流体の両方を併せ持つ性質として振る舞いながら,同時に分子交換を行う細胞内動態メカニズムを解析するのに適しています.CM-FRAPにより,分子のターンオーバー速度と細胞内の物理特性を分離し,それぞれの影響を定量評価できるようになりました.

この新技術を用いて,蛍光標識したβ-アクチンを対象にFRAP実験を行い,ストレスファイバーにおける分子交換速度や物理/力学特性(拡散,変形,移流)を詳細に解析しました(図1, 2; 動画1).その結果,試料として用いたA7r5細胞(大動脈平滑筋細胞株)の細胞中央部での分子ターンオーバー速度が細胞周辺部よりも約2倍速いことが判明しました.また,ストレスファイバーの力学的変形が細胞中央部で低下することも明らかになりました.これらの結果は,細胞がどのように内部構造を再構築して周囲環境に適応するかを理解するための新たな知見を提供するものです.

CM-FRAPは,我々が過去に開発した手法(Saito et al., Experimental Cell Research 404, 112619, 2021)と組み合わせることで,個々のタンパク質レベルだけでなく,そのタンパク質の「ドメイン」レベルでさえも「細胞内」結合定数の定量化が初めて可能となります.これにより,分子動態と物理的現象が共存する状況下での複雑なタンパク質相互作用を解明するための重要な一歩が築かれ,今後の研究に大きな影響を与えることが期待されます.

本研究成果の意義

本手法は,細胞が環境変化に迅速に適応する能力を理解するための新たな情報取得ツールを提供します.特に,細胞がさまざまなストレスにどのように対応して内部構造を再構築するかを詳細に知ることは,がん細胞の特性解明や再生医学への分子的アプローチとしての基盤となります.本成果はBiophysical Journal誌の表紙画像図3)に選ばれ,詳細な解説文も掲載されるなど評価されました.

図・動画の説明

図1: 細胞内での分子のターンオーバーと物理/力学特性のマッピング.

 

動画1: 細胞内ストレスファイバーの力学特性マッピング

 

図2: 長時間CM-FRAP解析に基づく分子の交換速度と物理/力学特性の相関分析.

 

図3: Biophysical Journal誌での紹介(一部).

特記事項:本研究は,日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(18H03518, 19K22967, and 20J10828)の支援を受けて実施されました.